こんにちは、takeです。
今回は妻の昔話をしていきたいと思います。
昔話といってもいろいろなトピックがあるので何回かに別けて記事を書いていこうと思っています。
今回の話題は「トイレ」についてです。
先日、どうしてそんな話になったかは覚えてませんが、妻の幼少期時代のトイレ事情の話をしました(笑)。
その内容がかなり衝撃だったので、シェアをしていきたいと思います。
きれいな話ではないので、お食事中の方は後ほど読んで頂くことをお勧めします。
ぼっとん便所
ぼっとん便所。正式名称は汲み取り式便所というらしいですね。
今ではほとんど見なくなったトイレの形式ですね。
私は今年で27歳になる年齢なのですが、ぼっとん便所は昔海に行ったときに使用したことがあるぐらいなものでして、小学生か遅くとも中学生頃からは使った覚えがありません。
なので、私より下の世代となると、使った経験のない方もでてくるわけですね。
さて、妻の子供の頃の話をしますと、妻の家のトイレはもともとはぼっとん便所だったそうです。
妻の子供時代というと生まれたのが1994年なので2000年前後の頃の話です。
妻の出身はクアンビン省でベトナム北中部に位置する場所なのですが、かなり田舎です。
そのためか2000年頃はまだ水洗トイレというのが普及していなかったのですね。
ちなみに日本が汲み取り式から水洗式に切り替わり始めたのは1923年の関東大震災の復興のタイミングだったそうです。水洗式に切り替えるには下水道の整備が必要となるため、整備が進むに連れて普及し始めました。
さらに1960年には住宅公団のトイレは洋式トイレが標準化されるまでに至っています。
※参考ページ
トイレ先進国・日本!トイレ今昔物語 トイレの歴史と最新機能 - リフォームタイムズ【SUUMO】-リフォーム・リノベーションのプロが発信する情報-
ベトナムの田舎ともなるとここまで日本との差があるのかと痛感した妻のお話でした。
野ション
野ションについては昔話ではなく、現在進行形のお話になります。
妻の家族には両親の他に弟が3人いるのですが、お義父さん、弟3人はみな外で用を足すそうです。
繰り返しになりますが、昔だけではなく今もです。
男は外でするのが当たり前、そういうものなのでしょうか。妻曰く、在宅時でも用を足しに外に出ていくらしいので、どういった思考で外で用を足しているのか分かりかねます、、、。
野ションの場所は民家からは少し見えにくいところを選んでするそうで、一応周りの目を気にするみたいです。
野ションについてですが、twitterでホーチミン在住の方からお話を聞きました。
その方によると、現在のホーチミン(都市部)においても野ション見かけるそうです。空地であったり、道路脇であったり、一目の少ないエリアでは野ションがされているそうです。
日本で同じようなことがあれば、すぐに公然わいせつで捕まってしまいますね。
現在の都市部でもということを聞き驚きました。
連れ野ション
野ションの話の次は連れ野ションの話です。
野ションの話をするにあたり、現状を知ってもらう必要があると思ったので、先に現在の野ションについてお話させていただきました。
連れションは日本でもある話ですね。
大人になってからはしなくなりましたが、高校生ぐらいのときはよく連れションをしていた覚えがあります。
でも連れ野ションはありませんね。
連れ野ションについては妻自身が友達としていた話になります。
妻のこんなはしたない話をするのは夫としてどうなのかと思うかもしれませんが、まあ昔の子供のやっていた話なので、ブログの面白話として扱っちゃいます(笑)。
妻の話によると、小学生頃までは友達と連れ野ションをしていたそうです。
その感覚というのは、日本人がトイレに連れションに行くのと同じで、場所がトイレではなく人目につかない野原だったということですね。
野ションというと男というイメージしかなかったので、まさか女も同じだったとは衝撃的なお話でした。
さいごに
今回は少し下品な内容の記事となってしまい申し訳ありませんでした。
ただ日本とベトナム、さらには田舎と都心等の違いでどれほど育ち方が違うのかについて知ることは非常に興味深いです。
私は名古屋市で生まれた後、5才になった頃に名古屋市郊外に引っ越しをして育ってきました。引っ越し先は周りには田んぼも畑もあるようなところでして、いわゆる田舎育ちだと私は思っています。
しかしながら、妻の田舎育ちというのはレベルが桁違いです。そんな妻の昔の生活の話を聞くいていると、妻は壮絶な暮らしをしていたんだなといつも思わされます。
ベト妻の昔話はまだまだネタがありますので、またブログで紹介していきたいなと思います。
ではでは🇻🇳
↓ブログ村のランキングに参加しています。クリックして頂けると励みになります。